三月の転校生

中学生雑誌nicolaに関する日記

ニコラの表紙になれる学年は?表紙最年少ランキング

最年少で表紙

f:id:GYOPI:20170210020108p:plain:right前回は、「最速」をキーワードに、ニコモになってから最も短い期間で表紙になったのは誰かを、ランキングにしてみました。

これに引き続き、今日のキーワードは「最年少」。歴代ニコラにおいて、最も若くして表紙になったのは誰なのか。さっそくランキングをみていきましょう。

編集部の考え

ランキングに入る前に、まずはニコラ編集部による表紙モデル起用の方針について、ちょっと整理しておきます。

基本的に、ニコラの表紙は中2以上。小学生モはもちろん、ある程度ニコモ歴のある中1モですら、ほぼ表紙になることはありません。

これは、裏を返せば表紙の「格」を意味するわけです。中学生雑誌の矜持として、小学生は表紙にしない。たとえ小5や小6でオーデに合格し、十分な人気と経験があったとしても、最低限中2になるまでは待機させる。

とにかく、安易に年少組を表紙にすることは無い。そんな編集部の姿勢・決意が見えてくるところです。

過去10年分

では、実際にこれまでの表紙は、どんな感じになっているのでしょうか。ホントに小学生はゼロなのか。中1すら、めったに無いのか。

さすがに、2006年10月号のオーデ合格者全員表紙や、2007年の日南響子さんによる2号連続ピン表紙などは編集部の悪ふざけが過ぎるし、2001年の新垣結衣さんや2005年の伊藤沙耶さんによる新モ即表紙などは異例中の異例。

こういった、表紙に対する姿勢が定まっていない2000年代中盤までは参考外として、とりあえず今回は2008年以降、キリのいい過去10年分(2008⇒2017)でデータを取ってあります。

表紙最年少ランキング

f:id:GYOPI:20180119032037p:plain

データの見方

この通り、小学生として表紙になったニコモはゼロ。最年少は、後にピンで創刊200号の表紙も担当する、2010年代ニコラ最大のエース高嶋芙佳さんで、中1の7月号となります。

続く2位は、中1の年明けとなる2011年1月号で一斉に表紙となった藤田ニコルさんや藤麻理亜さんたち総勢4人。ただし、この回は1月号恒例「なんでランキング」の扉ページ全10人による、ニコラ史上最多人数の表紙ということで、ある種、企画の一部ともみることができる点、その価値は若干薄れることにもなりそうです。

ということで、形式上は3位ですが、実質2位の価値があるのが「ニコラ⇒CanCam」コースの池田エライザさんで、中1の3月号が初表紙。特に池田さんは、「中1合格(09年10月号)⇒中1表紙(10年3月号)」ということで、初表紙までのスピードも最速の部類に入ります。

新中2表紙

以上が、中1のうちに表紙になることができた6人となります。で、続く4位となるのが、その直後となる4月号表紙の面々。

ご存知の通り、4月号の発売は3月1日ですので、ホントのところ、まだまだ中1ではありますが、ニコラでは4月号からモデルの学年表記が新年度のものとなるため、ギリギリアウト。

そんな新中2となる4月号で表紙となったニコモといえば、前部長鈴木美羽さんと、次期部長候補川床明日香ちゃんの2人がいます。

まとめ

思えば、ピチレモンでも小学生表紙は皆無でした。ピチ読だった人にとっては、2014年の企画「第1回ピチレ表紙バトル」にて、鶴嶋乃愛ちゃんが、もし実現すればピチレ史上初となる小学生表紙に挑戦したわけですが、惜しくも大原優乃ちゃんに敗れ、実現しなかったのは苦い思い出となっているのではないでしょうか。

同様にニコラも、頑なに表紙高齢路線を貫き、中1すらも原則排除。この点、乃愛ちゃんや志田友美ちゃん、黒田瑞貴ちゃん、松井さやかちゃんたち「小6合格⇒中1表紙」が一般的だったピチレ以上に厳しい基準となっています。

ということで、以上、表紙についておおよその基準がみえてきたところで次回、ようやく本題である若林真帆ちゃんの表紙を考える特集に続きます。