三月の転校生

中学生雑誌nicolaに関する日記

キラチャレ決勝を前に飯豊まりえさんの出自を考える

キラチャレ2017

f:id:GYOPI:20171108033146p:plain:rightいよいよこんどの日曜日、11月12日は、キラチャレ2017の決勝大会です。

その日のうちに、モデル部門では「ニコプチ賞」が決定&発表され、来年4月号から加入となる新プチモちゃんも判明することになります。

ということで、今年のキラチャレまであと5日となった今、改めて歴代キラチャレ出身のプチモ加入者を整理してみます。

キラチャレ⇒プチモコース

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ニコプチ賞とは?

キラチャレにおいて、ニコプチ賞という独自の賞が出来たのは、2009年実施分から(プチモ加入は2010年から)。

この賞を受賞すると、ニコプチ専属モデルになる権利が得られ、年明けに最初に発売となる号、つまり4月号から新モとして加入となります。

そんなわけで、まだニコプチ賞が存在しなかった時代である2007年の中島愛蘭さんは、モデル部門全体で「準グランプリ」を受賞し、ニコプチ入りしたことになります。

飯豊さんはキラチャレ出身ではない

一方、次が問題となる2008年の飯豊まりえさん。ときどき、キラチャレの広告や、キラチャレに言及した人のブログにつき「マリエちゃんもキラチャレ出身!」といったものを見かけることがあります。

しかし、結論から言うと、飯豊さんは、キラチャレ出身ではなく、そもそもキラチャレとは全くの無関係です。

この点、さすがにウィキペディアの飯豊さんのページは、正確に記されているようで、そこには「キラチャレ」の文字は一切見当たりません。

では、飯豊さんはいったいどうやってプチモになったのでしょうか。キラチャレ出身でなかったとしたら、どんなオーデをきっかけにデビュー&プチモ加入したのでしょうか。

合同オーデ

飯豊さんが、グランプリを受賞し、プチモになる権利をつかんだのは、実はキラチャレではなく、「エイベックス×ニコプチ 公開オーディション」(通称:合同オーデ)となります。

このオーデは、正式名称として、頭に「サンシャインシティ30周年記念」という言葉がくっついている通り、エイベックスとニコプチ編集部が合同で企画した、1度限りの特別なイベントとなります。

で、このグランプリに選ばれると、ニコプチの誌面に登場できる上、エイベックスに所属できるという特典が用意されていたわけです。

ちなみに、もちろん2008年も、本家キラチャレは実施さていて、グランプリは成田有佐さんが受賞していますが、すでに書いたとおり、ニコプチ賞は2009年からスタートした制度ですので、当然この回の同賞受賞者はナシ。

よって、上の一覧表の通り、キラチャレ2008からは、誰もニコプチに加入することもありませんでした。

ごっちゃになってる

ということで、「キラチャレ2008」と「合同オーデ」。同じ年に、同じエイベックスが主催するオーディションから、新たにプチモが誕生したという事実。

こうした一連の経緯が、あれから9年もたった今、いつのまにかごっちゃになり、飯豊さんの出自がキラチャレ出身に変化してしまったというのが真相です。

まあ、エイベックスが自社のキラチャレ公式サイトにて、飯豊さんにつき「キラチャレ出身」に分類している点は、かなり意図的なものも感じてしまいますが。

ニコプチ賞時代へ

さて、2007年&2008年とドタバタしましたが、いよいよ2009年実施分から、ニコプチ賞が新設され、本格的に「キラチャレ⇒プチモコース」が出来あがることになります。

そんな初代ニコプチ賞は、現セブンティーンで、元ニコラの黒崎レイナさん&船橋愛さんのダブル受賞。2人は、ニコプチ2010年2月号から、プチモ加入しました。

以後、キラチャレ2010でのニコプチ賞を受賞(グランプリもW受賞)した、歴代プチモでトップクラスの可愛さ&最も目が大きいとされる福島雪菜さん以降は、毎年1人ずつの加入が続き、去年の受賞者である中村紗亜也ちゃんまで続きます。

まとめ

ということで、キラチャレ2017の発表まであと5日。さてさて、いった今年はどんなコがニコプチ賞を受賞し、新プチモとして入ってくるのか。

2014年は夏目璃乃ちゃん、2015の安村真奈ちゃんと高身長&スタイル完璧系が続いていたところ、去年は一転、紗亜也ちゃんは小柄系。全く傾向は読めないところです。

とにかく、結果はその日のうちにネットニュースになるので、誰もがほぼ同時に新プチモちゃんを知ることが出来るという、年に1度の機会でもあり、今から結果が楽しみです。